駿台予備校とわたしの偏差値
駿台予備校に進もうと考えていた私だったが問題があった。
偏差値がどうこうということではなく、地元に駿台予備校がなかったのだ。
偏差値以前に最寄の駿台予備校は隣の県まで行かないとなかったのだ。
私はあっさりと駿台予備校に行くことを諦めた。
偏差値は自分上げてみせるさ、時間のほうが大事。
そして他の予備校に通うこともなく、自宅で勉強する道を選んだ。
偏差値を気にする家族や友人からは大反対されたが、結果として私にはこれが正解だったのだ。
駿台予備校と偏差値から離れる初めての生活が始まった。
一方、私の友人の中には駿台に通うため、東京に一人暮らしをして、駿台予備校と偏差値の中で生活するものも多かった。
駿台予備校と偏差値は、ちょっと私には憧れだったのだが、一人暮らしをしてまで駿台予備校と偏差値の中には飛び込めるだけの体力がなかったのだ。
駿台予備校に通って偏差値と戦っている友人達に対して焦りを感じていたかもしれない。
駿台予備校と偏差値から離れる生活、駿台予備校と偏差値のない生活、駿台予備校と偏差値という言葉が聞こえない生活、駿台予備校と偏差値を意識しない生活。
それが私にはとても新鮮だった。
しかし、9月になり、再び私は駿台の模試を受けることになった。
駿台予備校と偏差値の生活が再び戻ってきたのだった。